前田吐実男の諧謔の世界

現代俳句の大御所前田吐実男氏の
諧謔味あふれる鎌倉発の俳句を犬懸坂祗園が鑑賞。
俳句を楽しんでみませんか。

なめくじよ

 お主いつから

  ホームレス


    吐実男

                

 派遣労働者の解雇が、社会的に大きな問題となっている。
 最近の労働者は、仕事を無くすと住居まで失うという、ある意味で大胆な生き方をしている人が多いことにも驚いた。ホームレスになることが、それほど生活の中で大きな問題ではないということなのか。今の社会は塒(ねぐら)にことかかない。
 殻を無くしたかたつむりは、より強い生命力を持ったなめくじに生れ変わった。いつからそうなったなど覚えていない。わしのいる所が、すなわちホームなどとうそぶいている。(犬懸坂祇園)


銀行を

 出ていきなり

  嚔(くしゃみ)たてつづけ


           吐実男

 銀行のキャッシュコーナーでカードを入れ、暗証番号を押し、 金額を入力する。最近はお金が出て来るまで、10秒もかからない。カードとお金を財布に戻し、 忘れ物がないようにと機械の前を見廻して「ふぅ〜」と一息、緊張感が肩から抜けていく。
 店のドアーを開けて我に帰ったと思うや否や、弛緩した体は正直に外気の誘惑に負けて、 飛び出してくるくしゃみを放置したままである。 (犬懸坂祇園)


 

 

一つだけ

 よく廻る

  水子の風車


    吐実男

 長谷寺の庭内から、観音様のおわす小丘の中腹の階段に、水子を祀った一画がある。 水子とは生れ来る前に生を失った子、或いは生後まもなくこの世を去った赤ん坊のことであり、親がその子たちの霊の安寧を願って、地蔵を寺に寄進する。その廻りには、お菓子やジュースなどの飲食物の他に、必ず風車が添えられている。
 長谷寺のそれは、何百の地蔵と風車が所狭しとひしめきあっている。よく廻る風車は、死後の日々を楽しむ水子の親への報告か。或いは、この世に戻りたいという魂の叫びであろうか。(犬懸坂祇園)


  

 

りんご貰って

 苺食べたく

  なる日かな


    吐実男


 秋も深まって、東北の在の旧友から無粋な文字で「差入」と書かれた段ボール箱が届く。箱から漂って来る香りは、収穫されたばかりのりんごに他ならない。
 といって箱を開けてすぐ食べる気にもならない。りんごはみかんとちがってけっこう日持ちがするからか。もう冬も近づいたなと思ってひねくれた感覚は、ふと春が恋しくなる。
 そういえば、甘酸っぱい苺が食べたくなってきた。彼もいつもりんごばかりでなく、たまには苺でも送ってくれればいいのにと、身勝手なことを考えている。(犬懸坂祇園)


 

秋の浜
 
 鳥が俺を

  遠巻きに


   吐実男


 駅前の混雑している道ですべってしまった。あれあれという思いと、 これは夢かと思う一瞬の間のあと、荷物を投げ出して情けなく尻餅をついた自分に返る。
 沢山の視線が体につきさっていることも、体を熱く する。すぐ立ち上がることができる程度のトラブルは、廻りの人たちもかえって興味深げに見守るということになってしまうのか。色のない光景が視界を覆う。(犬懸坂祇園)


 

げじげじや

 以来左の

  肩痛む


  吐実男

           

 古家のトイレなどには、ひっそりとげじげじが潜んで、こちらが用を足すのをうかがっていることがある。何か害を為すということはないのだが、その姿を深夜、間近で突然見掛けると、思わず体が不自然な硬直をしたり、妙な所に力が入ってしまったりする。特に大の際の後始末の時などはてきめんである。
 げじげじと出会って数日、筋でもちがえたのか変調をきたしている。(犬懸坂祇園)


  

 

船虫の

 団体で崖

  落ちてゆく


    吐実男

 
 岩場にへばりついて保護色となっていた船虫たちが、人の近づいた気配で一斉に動き出した。こんなにも沢山という程の彼らの中の一つの集団は、だんごのごとく海へと降下していった。
 唐突に政治家たちが違法献金によって立て続けに捜査され、釈明しているテレビの場面が脳裏をよぎった。(犬懸坂祇園)


 

立春大吉
 
 知らない人に

  会釈され


    吐実男

              

 年を取るほど、人の顔は思い出せなくなる。街ですれちがった人が、仮に知っているかもしれない人にあったとしても、自分がはっきりと思い出せないのだから、別に素通りしても後ろめたい気持ちはない。それが普通の感覚だ。が、「なんとなく怪しい。もしかしたら、会ったことのある人?」と思ったら、とりあえず挨拶しておくのも一つの心得かも知れない。
 相手は別にいやな気持ちはしないはず。しかも春を迎える立春なれば。
 心理戦で相手に先手を打たれた景色。(犬懸坂祇園)


  

 

 


家中に

 けもの道あり

  春炬燵


    吐実男

  家の中に自分の歩く道を作るのは、人間だけの所業であろう。しかるに、そこに猫というけものも寄り沿って棲息している。むろん、 人間が通らないあらゆる道を自ら構築して。そして塒(ねぐら)は炬燵で決まりである。
 いや、まてよ。すでに私自身、あらゆる荷物をちらかして無数の 道なき道をつくりつつ、この炬燵にたどりついているではないか。(犬懸坂祇園)

 

 

俳句は「鎌倉抄」より 写真撮影場所 鎌倉市
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